書評「脳男」 作・首藤瓜於
本屋に行ったら、「脳男2」というギンギンギラギラの本が平積みになっていた。気になったので、まず前作を読むことにした。
【以下、ネタバレあり】
いやおもしろい! めっさおもしろい!( ゚∀゚)彡 なんて言うんだろう、ストーリーが面白いとかキャラがいいとかそういうんでなく、ただただ「脳男」の設定とその設定を明かしていくくだりが最高に面白い! 最後へのカタルシスと謎解きうんぬんでなく、中盤の「脳男」の正体を明かしていくところに燃える本です。
心のない男。心を、「そういうもの」として「理解」するしかできない男。自分以外の人間はそのように反応するのかと、観察し、再現する。人間は感情があるから情報の取捨選択ができる。興味、関心、おもしろいという感情があるから行動動機が生まれ、何かを「したい」と思う。そして生きる。感情のない男は、自分が生きる意味がわからない。しかしそれは、決して科学的に感情を持たない脳男・鈴木一郎に関したことでなく、わりと多くの人にもある程度言えることなんじゃないだろうか。たとえば高校生の頃の自分。人を好きになるということなんて本当にはわかっていない。それでも、見た目が綺麗だったり自分に優しくしてくれる子に好意を持つ。「好き」なんて感情が本当にはわかっていないのに、ドラマや映画でみた恋人同士がするような行動を取るようになる。心からキスがしたいと思ってるわけではなく…、ほかの人もそういう行動をとるから、そういうふうに思ってそうするのが自然なことなんだろうと思って、キスをする。自分はそうしたいんだと、理屈や世間常識で考える。怒る、泣く、喜ぶ…、いろんな場面があるが、その半分くらいは「人はこういうときこうするものだ」という考えからそうしてるんじゃないか? 本気で泣いたこと…、なくはないが、記憶の大部分の「泣く」は、「そうするべくしてそうした」の「泣く」な気がする。たしかに感情は持つ。だがその感情の結構な部分は、映画やドラマや本から知ってトレースしてるもののような気もするのだ。言葉なんてもので感情を認識した瞬間に、それはもう何かの形式にはめている。経験や記憶からひっぱりだして、今の自分の状態を言葉で定義してる。すべてがそうというわけではないが…、大半の状態で、自分をそうやって無理矢理整理してる。感情はアナログ。理屈はデジタル。理屈で感情を定義できるわけはないのに。
「脳男」…、2では、その完全デジタルな脳から流動体たる感情を生み出すことができているのだろうか。夢を見るようになった脳男。目的ができたことで意識で情報を選別するようになり、無意識に情報が沈殿しだした脳男。2が気になっている。
脳男 (講談社文庫)
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