Archive for 4月, 2008

文化系geek。

日本にシリコンバレー文化が根付かない理由。それは法的なものもあるんだろうけど、こちらのblogで言及されていることがかなり大きいんじゃないだろうか。

シリコンバレー精神は日本の場合、オタク市場に流れ込んでいる。(マボロシプロダクト)

おもしろい。たしかに、日本におけるgeekはプログラミングよりもオタク文化に流れ込む傾向がある。それだけ魅惑的だし、日本人のお気楽妄想気質とコンテンツ産業って奴は極めて相性がいい。寂しがり屋だし、ちまちまと作るのも大好きだ。どこか孤高な寂しさが漂うアートよりも、わかりやすい萌え&燃え文化のほうがよっぽど日本的じゃないか。

 

飯を食うのにはそうそう困らなくなった日本人。その中でgeek的な素養を持つ人たち。さて何をやるかとなれば、もう「おもろいもん作る」これ以上のものはないだろう。夢や希望があまりない時代だからこそ持てる新たな展開だ。文化系geekたちが、「あれ、これおいしい場じゃね?」と立ち上がり、大きく動き始める時代じゃないだろうか。発信の場にはこまりゃしない。これまでは情報の先進を行くのは、テクノロジーの恩恵を受けやすい理系たちだった。だが、ここまで簡単にしていただいて、ここで立ち上がらないのは、文化系人間あまりにも怠慢すぎだ。

 

最近、梅田望夫先生の「web時代5つの定理」を読んだところだ。読むと、「あー、技術者たちは考え先行ってんなー。のっかれないかなー」 なんてことを考えちゃったりもするんだが。考えれば考えるほど、バックドアは開かれてるよなぁ。脳ミソぎりぎり引き絞って、やれること考えるべきとき。サブタイトル「make the world a better place」じゃないけど。世界をちょっとでも楽しませる、おもろいもん作れればなぁ。生きる意味なんてわからなくて見失い続けてる今だから、そこを埋める何かを自力でたぐり寄せる必要があると思うんだ。

TYPEMOONや07th Expansionといった、同人から立ち上がったわかりやすい先例もある。シリコンバレーで言うtwitterやFaceBookみたいなもんじゃないかとも思う。プログラムか、コンテンツか。理系か、文系か。アメリカか、日本か。違いはそんだけじゃないか。ルートの先例はシリコンバレーが作ってくれてる。

 

世界をよりおもしろくするための文化系アルファギークたち。そうした人たちの想いや考え、そして妄想が世界の中に浸透していくように。もっともっと動き出すように、そして、動きやすくするようにしていくように。まだまだ世界はワクワクできることがあると思うんだ。

More »

雅楽マッシュアップ。

いやこれはヤバい!!!>< 粋なんてレベルじ(ry 根っからの和モダンマッシュアップ大好きっ子にはあまりにも刺激が強すぎましゅうぅぅぅ!!

 

追い討ちまできてるきてる! あぁ…まだまだ生きるだけの価値があるよ、この世界には!!

More »

blogリニューアル★

ちょいとシックに再構築して、右サイドバーに使用してるサービスをまとめなおしました! し、仕事…!! きょう月曜…!!><

blogが就活に役に立つとか、絶対ありえないですよね。どんだけいい子ちゃんblogなんだと。こんなblog見られたら、通る内定も通らなくなるわ! 仕事は仕事、blogはblog。としたいものですが、意外と仕事でblog書くときもありーの。そのへんは使い分けて。

 

Newsの方でも取り上げたこちらの記事なんですがね…。

疲れたね‥。(【美奈chanのぶっちゃけ(o゚3゚o)日記(ナンデモアリver)】)

その後もいろいろ展開してるみたいですけど。わかるよ、死にたい気持ちはすごくわかる。半端にかもしれないけど、終わらせたいなぁなんて、日々思う。

逆にだけど。僕みたいなのは、それがあるからまだ生きてる気になるんだ。死ぬのは全部おしまいだけど。人生に対して、あまり大きな希望も期待も持ってない。どこまでもフラットな感覚だけ持ったまま、その日その日で起こったことを受け入れていくんだ。自分の気持ちもどんどん変わる。周りはいろんなことを言う。正直、「知ったことか」と。起こることは、起こることだ。

 

死ぬことなんて、いつでもできる。これは正直に思うところだ。まあ、そういう風に思えば、結構いろんなことできるもんだ。「自分はいらない人間だから」。誰も、いらんよ。“必要”な人間なんてこの世界にいない。誰が死のうが生きようが世界は動いていくし、淡々と起こるべき事実が起こっていくんだ。はなから「必要な人間」なんていない。「自分が必要とされている」、そう思い込める人は幸せなんだか不幸せなんだか…。自分も他人も、この世界にとっちゃ必要でもなんでもないから、「じゃあ」ってことで目の前のことをただただ受け入れて生きていけるんじゃないか。

なに、生きるだけならこの日本、どうとでもなる。どこまで落ちたって、餓死するこたぁない。だからいいんだよ、何したって。自分を縛り付けてるのなんて、所詮自分の思考。死という圧倒的自由を想えば、その前に何したっていっしょだ。じゃあせいぜい、あるもん使って想い通りに遊ぼうじゃないか。

ただ、人に迷惑だけはできるだけかけたくないな。好きにしてもいいけど、他者とは楽しく遊ぼう。イヤな想いはさせちゃダメだ。それは、この世界に生というものがいっぱいある上のルール。まあ、それが難しいんだけどね。ムチャな遊びをするなら、自分の思考の中ですればいいんじゃないかってことだ。

 

「死を想え」。Memento mori。「食べ、飲め、そして陽気になろう。我々は明日死ぬから」

死んだら何もできんぜ。その前に、やることをいっぱいやろう。

まずは自分だ。食べたいものを食べ、存分に飲もう。いっぱい音楽を聞いて映画や舞台を観て、好きだと想った人に想いを伝えよう。しゃべりたいことをしゃべって、神や仏や運命を心底から信じてみよう。

次に他人だ。まず、目の前の人をできる限り幸せにしよう。そんときゃ自分をちょっと捨ててみよう。一緒に旅に出よう。しゃべるということの喜びをかみしめよう。何か役に立てることがあれば、それをやってみよう。からといってムリまではする必要は無い。想いっきりがんばってみても、ダメなことはある。それでも、自分じゃないんだ。仕方が無い。できることを精一杯すればいいだけだ。

 

人間なんて、全員ゼロからのスタートだ。死のう死のうって考えてたって、意外と1ヶ月もうじうじしてたらなんか新しいもん見つけるもんだ。その前に終わらせちゃうには、ちょっともったいない、命ってやつは。

人に会いに行こう。うまいもん食って、酒を飲もう。ぐだぐだゲームするのもいい。だらだらアニメ観てるのもいい。引きこもって本を読み続けるのもいい。街に出て道行く人を見てるのもいい。旅行なんかもいいね。20も後半になってくると、勉強なんてのも結構楽しいもんだって思えてくる。何、最悪逃げろ。どこまでも逃げろ。とりあえず好きにやろうぜ。現代はいいね。ネットなんていう素晴らしいワクワクするオモチャもある。やれることはいっぱいある。

とりあえずまあ、死ぬこと想えば何やったって結構面白いもんだ。死という「無」を想えば、どんなことだってなかなか刺激的でいい体験。夢も希望もいらないよ、生きるには。 ただ、死ぬことを想えば何やったって楽しいと言う、それだけだ。

More »

「何か、いいものを」を読んで。

何か、いいものを(Attribute=51)を読んで。

なんかね、もらいっぱなしじゃイヤなんですよ。

毎日の中で、いろんな人にいろんなものを与えてもらってる。
本当、そういうことをすぐに忘れちゃって。「自分はこんなにいろんなことをしてるのに、それに対する分をもらってない」なんて考えちゃったりする。

本当、そんなものどうでも良くって。
自分にできることを精一杯やって、それで周りの人が少しでも笑顔になってくれればそれでいいはずなのに。

他の人は小ずるい事を考えてるんじゃないか。自分はいいように利用されてるんじゃないか。
そんな、あまりキレイでないことを考え出す。そんなこと考えたって、周りの人も自分も不幸になるだけなのに。

仕事を始めるときだって、人と付き合うときだって。「まず、与えよ」。
そして、人に何かをしてあげることそのものが幸せなんじゃなかったけか。
人に「ありがとう」と言ってもらえるような仕事がしたいんじゃなかったっけ。それが気持ち良かったんだよね、確か。
今やってることだって、最初はお金になんかならなかった。それでも一生懸命やってたんだよな、僕。考えてみれば。

気づけば、仕事をしながらいかに多くを引き出すかばっかり考え出しちゃってる。お金がそこそこなら経験を獲りに行こう、とか。
何セーブしちゃってるんだろう。何小器用になってるんだろう。
もっともっと人にしてあげられることはあるはずなのに、何で上手な世渡りばっかり考えてるんだろう。

別に必要とされたいとか、気に入られたいとかってわけじゃないけど、
……あー、うそ。必要とされたいし気に入られたい(笑)
それはまぁ、そうなんだけど、少なくとも今は「もらってしまった」ので、
何かいいものをお返しできないか、って、そんなことを思うんです。

人に必要とされたい。それは、もちろん。
「君がいてくれて良かった」って言ってくれる人が一人でもいてくれれば、それだけで僕は充分豊かに生きさせてもらえてる。
もっといてくれれば、もっと。それは、欲望かな。

世の中には小ずるい人もいる。でもまあ、その時はその時でいいんじゃないかなと。
自分が何かいいものをあげることができた、それ自体が嬉しい、そうなればもうそれでいいじゃないかと。

何かをもらったら、精一杯に返そう。
まずは、僕と一緒にいてくれる人に、少しでもいっぱいお返しを。
それから僕に仕事をくれる人たちに、プラスアルファを目一杯に込めてお返しを。
これから出会う人たちには、もらう前にまず何かいいものをあげるようにしよう。

そういうふうに思わせてくれた。id:guri_2さん、ありがとう。

More »

メジャー感。

これは、何にでもいえることだと思うんだけど。

「メジャー感」。

この感じを与えられる人はすごく魅力的だと思う。
すごく感覚的なんだけど。メジャーなものは寂しくない。それをどう演出するか。
感じる人にとっては、それはどこからくるのかわからない。
でも、たしかにある感覚。モノを作る人間にとっては、意識的に演出できなきゃいけないもの。

「にぎやかさ」、かな。それとも「安定感」かな。
きっと一本筋が通り、それに自然と付随していくものが増えていったら生まれていく感覚だと思う。
その筋は、絶対揺らいじゃいけないもの。
ポジティブでもネガティブでも、「この人(やモノ)は、自分が乗っかっても簡単に揺らがないな」と感じさせる何か。
そういうものに人はついていこうと思い、魅力を感じる。

きっとそれを持ってる人は、どこへいっても何をやってもそこはかとないにぎやかさを周囲にはなって、無形の権威を作り上げる気がする。
逆にそれがなければ、どんなに既得権益や力があっても、どこかマイナーというか、寂しい感じがつきまとう。

その人(やモノ)は絶対である、という感覚。
この人(やモノ)にすがれば、救われるんじゃないかという感覚。
「メジャー感」以外に言葉が見つからないんだけど、人にそんな想いを喚起させるような人間がいるもので。
それはどんなところからきてるのかな、自分も少しはそういう風に思われるようになれるかな、なんて考えている今。

More »