ある日突然、あらゆる制限がとっぱらわれて自由になったって考えてみると。
…うーん、すんごい怖い。何やっていいいかさっぱりわからない。

時間の縛り。人間関係の縛り。金銭の縛り。倫理の縛り。物理の縛り。
それらがなくなったらなんて考えると、すんごい怖い。全知全能の神様は、あまりにも何していいかわかんなくって、とりあえず世界を作ってみたんじゃないかと。
何か決まりや、自分の思い通りにならないところで動くものがないと怖くなってきちゃいそう。
あんま大きな自由はいらない気がする。それより、適度に圧迫してくれる制限が欲しい。手持ちのもので、何をするのが一番心地いいかを考えるのが楽しいんで。


結局、どんな状態になりたいのかというと。
フリーダムは怖いし何していいんだかわからないから、ちょっといらない。たぶん欲しいのは、「制限の制御権」みたいなもんだ。自分にかける制限をどうするかを、自分でコントロールできるようにしたいんだと思う。
生きる意味がわかんないだとか何だいろいろ言う人はいますが。なんだろ、「制限の中で何かを為すことの楽しさ」を追求するのじゃダメなのかな。
制限がきつすぎると人は反発する。制限が無いところには、自ら「取り決め」「倫理」「関係」を作り出して制限を作るのが人間。奴隷にはなりたくないけど、ある程度の縛りの中で達成するのは喜びに感じるわけで。
戦争はダメだけど、スポーツはいい。ルールの中で戦うから、そこに喜びがあるんで。
自ら制限を作り出して、そしてそれを思いもつかないような利用の仕方をして進んでいくのが楽しいんですよ、きっと。

僕自身が、結構制限に燃える体質です。制限萌えです。
勝手に自分で作った制限にがんじがらめになったり、逆に制限をかけなさすぎて暴走したり。
そうした人を良く見るし、自分もそうです。

なかなか難しいですが、考えの次元を一段階しれっと上げて、上手におもしろおかしく生きることができればと。
そんな風に考えたりもします。フリーダムはつまらないです。


全然関係ないですが、「舞妓HaaaaaaN!」いいね!( ゚∀゚)
阿部サダヲが例の甲高い声で心地よく暴走! でもプロって奴は絶対フリーダムじゃないですよ。制限の調整が上手なんだと思います。
とにかく一つのことに執着するということの偉大さを学ばせてもらいました。
僕の場合は特に、執着心が薄すぎる。もっとしがみつけ。