Archive for the ‘人について’ Category
言霊の力。
たまらぬ解放感にひたっておりますヽ(;∀;)ノ
だがしかし、朝から微妙に精神が揺れるのはもうこれ仕様だね。
仕様書にも最初から書いてあるじゃないか。返品不可!
というわけで、そんな時はマニュアルからオートに切り替え。
脳と手の通信回路オフ!
結局それが一番効率いいのです。
昨晩、送別会を開いていただきました。
いつのまに回ってたんだろう。全然気がつかなかった。
たった1年しかいなかったのに…泣けてくるほど嬉しかった。
すごいポップに仕上がってるし!!!( ^ω^)
よくみたら「嘘だッ!!!!」ってのがいるのはさすが高ヲタ率制作部www
言葉で人の心は動いて、行動が変わって、運命が紡がれてくんだよね。
不思議なもの。言霊。
言葉だけでキャンキャン言うのは嫌いで。
誰かも言ってたけど、「本人を目の前にして言えないことはwebには書かない」。
普段付き合いの人から隠したいことは、隠した別のところに書けばいい。
リアルの人間関係とweb上の人間関係は、この先ますますリンクしていく。
web上での発言は、「言質を永久保存される、拡声器つきの発言」。それが、人柄の印象や人格、アイデンティティーさえも作り上げる場合がある。危険極まりないことを認識しないと、自身の価値にとり返しのつかないような傷をつける。
言葉は大切に。放つときは、ちゃんと実を乗せてあげて。
手描きの色紙。
デジタルの箱に入れるのではなく、紙という自由な面上に紡がれてるもの。
これ一つで人の心が動くな…、と、どこで打ち込もうか汚いことを考え始めるのは俺の仕様上仕方ありません( ・∀・)
なんかまとまりがないけど、要するにそんだけ嬉しかったってことです。
More »独り歩きするフィギュア。
なんか突然暑くなって頭がぼーっとする。。。
いわゆる会社の制作部周りってのは、PC熱が激しいため温度変化が大きいわけです。
オフィスの環境作る責任持ってる人は、そのあたり考慮してあげると制作が喜ぶと思うよ!
特に、作るって行為は気分第一ですから。環境は仕事に直結します(`・ω・´)
昨晩はちょっと恵比寿に立ち寄った後、定例となったカフェイベントに行っておりました。
とはいっても、遅くなったのでだいぶ人も引けてて。
こういう場にいると感じるのは、みんなルックスがいい。
場の照明や雰囲気もあるんだろうけど、そのフィルタ除いても、何て言うか洗練味がある。
ルックスって、別に顔やスタイルがいいだとかおしゃれだとかそういうのだけの話じゃなくて。
何て言うか、内面を鍛え上げるうちに自然と整う外面というか。
ここの空気の中に混ざってたいな、って思える感触のルックスの良さ。
内面育て上げれば、自然に独自のスタイルは確立する。
それが、表に出てきてるもの。それを「ルックスがいい」って感じるんじゃないかと。
ルックスは大事。
自分の印象は、自分で操作できる。
持って生まれた顔や体形はある程度仕方がないとして。
ただその持ち物を、正しく磨いてやらないのはただの怠慢か能力不足。
その人のフィギュアは、その人がそこにいなくても独り歩きして効果を出す。
ちょっとしたこと。
例えば、席を立つとき。デスクが整っている。上着がくしゃっとなってない。
置いたバックが開きっぱなしになってない。テーブルの上の水滴は、見苦しくない程度に拭きとられてる。
そこにある携帯や時計やノートが、どこか心地よく配置されている。
几帳面やキレイ好きとは少し違う。一見無秩序でも、どこか整った「独自の律」がある感じ。
そんな程度のこと。その積み重ねが、人のフィギュアを作り出す。
40歳を越えたら顔に責任を持てと言うが。
それは、作ってきた内面が自然と顔に刻みこまれるからだろう。
フィギュアは、ある程度無意識領域。人間性、という曖昧なもの。
だけど、意識で操作できる部分もたくさんある。いくつからでも自己責任でどうにかなる。せめて他人が立ち上げたとき「うわっ」って思わないようなデスクトップにはしておきたい。
散らかっててもいいんだ。カオスでもいい、そこになにかの心地良さがあれば。
何て言うか。
「この人に会いたい」
「この人にいて欲しい」
「この人と何かしたい」
と自然に思えてくるような。
出会った時の印象は、身だしなみを整えたりマナーを守ることで繕える。
でも、その人がいない時に独り歩きするフィギュアって、それだけじゃ作れない。
細かな、本当に細かな気遣いの部分。
しゃべりの抑揚、言葉選び。見た目の細部、挙措動作。そしてそれらが、マナーや決まり物で作られたものでなく、その人の意識の持ち様と無意識から自然と表出されたものであること。
それがその人の空気感を作り出す。
空気感ができてる人は、頭ボサボサでも服がボロボロでも自然とそれすら様になる。
気にしてないようで、「なんか違うな」って思ったらそういう格好はしない。なんか小汚い感じでも、そこに独自の律と行動様式がある。それは、その人にとって「OK」なんだ。
「ルックスがいい」って感じるのは、きっとそういう人の空気に対してなんだと思う。
そこにある自分だけでなく、人の頭の中に結ばれるフィギュアに意識がいっているか。過剰はNGだけど、自意識は他者に心地良さを感じさせるために必要なもの。
表面を磨いてるだけでは、フィギュアは良くならない。
がんばろー。
More »年下から学ばせてもらえること。
先を行く人生の先輩たちからいろんなことを学べるのはもちろんなんだけど。
最近は、年下からいろいろ学べるなぁって感じる。
ずっと年上とばっかり遊んできてて。
目上の人と付き合うことが、自分を背伸びさせることになるとも思ってた。
最年少ってのはラクなんだ。多少の世間知らずや失敗、劣っていることが許される。
人の目も気にしなくて、全員に敬語使ってりゃ問題ない。
で、基本的に我以外全員師。学べるものを片っ端から学ぶ。
そういう姿勢でいられる。
ところが、当然ながらいつまでも最年少でいられるわけがない。
みんな育っていってるんだ。
最近会社なんかでも感じるのが、「お、これもう俺がやんなくていいじゃん」ってことが増えてきてること。
そりゃ自分が手を動かすのが一番手っ取り早くて確実だ。何かあった時の対応もすぐできるし、「意志伝達」の手間を取らなくていいから、全体として最小限の仕事量で済む。
でも、人に任してみたら、思った以上に正確に早く済ませてきたりするんだこれが。
「自分が出来ないことを人に頼む」のは大変。でも、「自分で可能だけど仕事の拡大のために任す」ならばやりやすい。「任せとけば早くて確実」なら最高。
何かあっても、自分でケツ拭くことはできるわけで。
そういうのは、たぶん技術屋の特性なんだとも思うけど。
そして、自分はより本質的な仕事に向かっていくことができる。純化できる。
この先自分が仕事を純化拡大していくためには、人の使い方を覚えていく必要が出てくるんだろうなぁと。
そのためにも、自分自身の技術力は相応の状態をキープしなきゃなんない。
自分より弱い者に、人はついていかない。
仕事上だけでもなくて。
なんだろ、姿勢って言うか、物事への向かい方って言うか。
人に何かを教えるなんておこがましい身分じゃまだまだないんだけど。
人の考えてることと、自分のこれまでに得てきたことや考え方を、突き合わせて。
「あー、こういうときってこうだよねー」とか、「俺もそう感じてたわー」だとか。
知識や思考って、人に教えることで整理・定着するって言いますが。
このblogもそういう狙いもあって書き続けてるんですけど。
何て言うんでしょうか、年上に対してって、堂々と間違えられるじゃないですか。
別に間違ってるとかじゃないんですけど、年下から伝えられる「こういう風に考えてる」っていうのが、すごく刺激になる。
逆に年上って、相手が年下になると、どこか「間違っちゃいけない」って意識持っちゃう気がするんですよ。別に全然かまわないとは思いますけど、それでもやっぱりどこか。
だから、こちらが年上の立場だと、相手はある程度安心して考えが言えるんじゃないかなって。
もちろん、こちらもちゃんと受け止めてあげられる土壌持ってないと、考えてることを教えてもくれないですけど。
優秀な人は、同年代・年下どんどん育ってきてる。
いつまでも上へ上へだけでも、単体でできることはたかがしれてるし、年齢ごとに年下だって増えてくる。
それ以上に、目上の人からじゃ学べないことが、年下と話したりすることで学べる。
今の会社からも、がむしゃらに手を動かしてるだけじゃ学べないことを学ばせてもらった。
多謝。
残り実動、15日半。
本意のあるところ。
朝型&todo管理もだいぶ定着し、時間効率が非常にいい今日このごろ。
何でもっと前からこうしなかった!ヽ(`Д´)ノ
さて、次々と予想を裏切る面白さで物事が展開している。
昨晩も急遽ミーティングに。
リスクに対しては、自分もリスクを負うことで返す。
覚悟に対しては、自分も全力になることで返す。
昔からいろいろと痛い目にはあってきたし、期待を裏切られることも多々あったので、最近は過分に人に期待することはしないし、用心深くなっちゃってる。
でも、その中でも信用できて、仕事の領域でずっと関わっていきたいと思う人たちもいる。
だから、ミニマムのセーフティだけは自力で確保した上で。
こちら手持ちのコインは、技術と感覚、時間。うち、時間をどれだけかけられるか。どんなにスキルがあったって、かける時間がゼロじゃあかけてもゼロ。
人のベットに対しては、自分も上乗せでベットして、でかいリターンを取りに行きたいと思う。
何かに依存するような甘ったれたことだけは絶対にしない。
身を寄せる、という行為は本意じゃない。共闘するが、仕えない。恩を受けたら、受けた分をきっちり返す。
「役に立つから、使おう」。それに対しこちらも、「本意と合うから、乗ろう」。それがいい形。
一生一傭兵。結局、この考え方はブレない。
自由意思。
これは、絶対に必要なもの。自分が仕える相手は、自分だけ。
自分が目指す状況に向けて、何が必要で何が必要じゃないか。相互に一番レバレッジの効く相手は誰か。そのへんの判断は冷静に。おもしろければ何でも乗ればいいってものじゃない。
仕事は仕事、生活は生活ならこんなことを考える必要はない。
だけど、好きなことを仕事にし続け、目指す状況を実現させると腹に決めちまったもので(`・ω・´) 自由と仕事の境目を限りなく無くす。
というわけで、半端は許されない。本意に合わなければ違うと言わなきゃいけないし、流されちゃダメだ。主体の軸はぶらせない。
でも、目的が近しい人たちが全力で向かってるなら、こちらも全力で協奏する。
腹が決まってる人ほど現実的で、きっちり計算をする。
夢見がちなことばっかり言っていても、足元を固めないと目標に手が届かないことを理解してるからだろう。
目標を達成した経験が多いほど、そうなっていく気がする。
セーフティ考えないチャレンジングはただのバカ。
目標は、現実に落とし込む作業をちゃんとやらないと達成できない。それは、根回し根回し根回し。計算計算計算。勉強勉強勉強。調整調整調整。下準備下準備下準備。
ひたっすらに、地味!!!
でもこれが、正しく目標に向かってると楽しかったりするんだ。
周りからは努力と見えるんだろうけど、本人にとっては努力でも何でもない。
達成の絵が頭の中に描けてるし、それに向けて最短距離を探しながら走るのは、すっげー楽しい。途中で仲間に出会ったり、イレギュラーな宝箱が落ちてたり、想定外のイベントが起こったりするともう最高だ。
自分の本当のパーティーが組めるのか、それとも常にNPCなのか。
どちらでも構わない。人は拡大するし、流動する。
自分は自分の目的に向かい、ただ併走できる限りするだけだ。
うし!(`・ω・´)

渋谷ではたらくフリーランスのwebデザイン&映像編集屋さん。





