Archive for the ‘twitterについて’ Category

Re:私がTwitterを使わないわけ

「私がTwitterを使わないわけ」
http://jp.techcrunch.com/archives/20090817why-i-dont-use-twitter/

こんな記事があったので、最近仕事がヒマでヒマでtwitterの更新量が大幅増加してる俺から反論。

1. つぶやき(tweet(s))は無価値だ

無価値の中から生きる意味を見出してきたのが人間じゃないか。
自分の中にふと浮かんだ徒然が、140文字以内の吹き出しに包まれふわふわと衆目にさらされる。思念と思念がやわらかくぶつかりあい化学反応が起こる。
tweetの良さは、とりとめがないこと。まとまった思考のみで人間は動くわけじゃない。

一人静かに考える時にはたしかに雑念は邪魔。
だが年中いつでも集中してるわけじゃない。

twitterの使い方は自由。
コミュニケーションと取らず、他者のタイムラインをまったく読まずにtweetし続けるのも一つの使い方。

2. Webサービスとして不完全だ

(3)でなくても困るものではないと言ってるじゃないか。「あ、また落ちてるな」というだけの話。
無料のサービスに完全性なんて初めから求めない。みんなで楽しみながら形作っていけばいい。

3. なくては困るというほどのものではない

その通り。
だが少しずれてると感じるのは、twitterのメリットは「便利さ」じゃない。「手軽感」や「同時性」みたいなものじゃないだろうか。無いなら無いで構わない。

blogにまとめて書くほどでもない、その瞬間瞬間の感情の波。一つの出来事に対して、大勢が同時進行で感じることのズレ。
人間の個体と、世界の揺れ。ミクロとマクロを同時に感じるのだ、twitterには。

なくて困らないが、世界中の小波を可視化・言語化するスキルが高いのがtwitter。
楽しめばいい。

4. 誰かをフォローしなくたってニュースは知りたい

twitterで正確なニュースは入らないだろう。所詮は口コミだ。
だが、そのニュースを見た人が「うそー!?」だとか「ぎゃあああ」だとか「キター!」だとか、肌で感じてることが見て取れるのが楽しい。

それと、情報へのアンテナが高く、それを再発信したがる人をフォローしていると、やはり自分の取りこぼしや新しい視点でのニュースが手に入る。

5. フォロワー数を誇るのは無意味な虚栄だ

それは賛成。
でも自分のtweetを大勢が見てるかもってのはおもしろいけど。

6. なぜあなたはつぶやく(tweet)のか?

tweetなんだから、はじめから重要じゃない。
しかし個々人にとって重要ではないが、口コミの拡大速度を数百倍にするという意味で、社会的に重要だ。

個人個人は楽しんでいるだけ。つぶやいているだけ。
だけどそれが大量に集まり、思念の大波を作ってるという意味で、社会的に大きな意味を持っていると僕は思う。

特にtwitterの利用者は、先進的で新しい物好きで時代の変化が大好きな人間が多い。
そんな人たちの思考の垂れ流しから、情報の移動速度は加速し、さらに時代の変化が進んでいく。

(1)に戻るが、tweet一つ一つはたしかにほとんど価値のない情報だ。
だがミクロの思念が集中し、大波を作り出していくのを加速化するツールとして、twitterには大きな意味と可能性を感じる。
「へー」「あー、あるある」「違うだろ」「どう思う?」「そういや、俺も」

小さな声が記録され、爆速で拡大していくのがこの時代。
世界中で、大勢の人が同時に感情をもっている。合計すればすさまじい量の感情の動き。
凡才な個体の考えなどたかがしれる。だがその中に、一瞬のきらめきがあって全体がのそりと動く。そんなふうに、集合してとりとめもなく動いていく。

Why don’t you tweet?
みんなついったーやれ!!!

by hamstyle21

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思考を人に話す3段階。

しゃべるということで考えが膨らむ。話し合って広げていくというだけでなく、自分から一方的にしゃべる中で考えが整理されていき、そして自然とふくらみ、具体性を帯びてくる。
逆に、ぽっと浮かんだおもしろそうな思念をネガティブな人間と話していても、自分の考えが否定されるだけで得るものはない。
考えを膨らませるときは、現実的な人間より「いいねいいねー」と相づちを打ってくれる夢見がちな楽天家の方がそばに欲しいのだ。会話がテンポをうみ、全然関係ない話に飛び回る。いわゆる「居酒屋トーク」になる。
いいのだ。それは、ブレインストーミング。思いついたすべてを吐き出し、可能性を押し広げる。エキサイトして熱を持ち、思考の血行を良くしたいのだ。
それには、twitterが非常にいい。基本的に適当に吐き出すものの、他の人はまったく意識しない。自分の考えを押し広げるためにぶつぶつぶつぶつつぶやく。「そうだ、○○しよう」っていう浅くて軽い考えだ。

さてそうしてある程度血行を良くしたら、次はそれを実現可能レベルに落とし込まなくてはいけない。
そのときに会話するべきなのが「現実主義者」。経験豊かな大人。深く詳細に考える人。
そうした相手からは、否定的な意見も多分に食らう。「そりゃ無理だよ」と言われることも多いだろう。
軽いままのふわふわした考えを、いったんギュッと圧縮して、どこが現実に結び付けられるかを考えてからぶつけたほうが良い。ある程度現実に沿って整理しないと、「あー甘い夢みてんな」と思われるだけだ。
この段階の考えは、blogが丁度良いんだろうか。ある程度整理されて人に語るべき文章に落とし込んでいないと、まともに考えてももらえないだろう。

そうして考えを行動に移し、明確な結果が示せれば、ようやくネガティブな人とも話せる。
むしろそのときは、ネガティブで否定的な人のほうが、悪いところを敏感に見つけてくれるかもしれない。何が悪くてどこを修正すべきかを相手の意見から察知するのは自分でしなきゃならないことだが。
ネガティブな人まで肯定的にとってくれるようになれば、それはようやく考えとして一応まとまったことになる。その段階まで行けば、自分の意見として自信を持っていいのではないだろうか。

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