メンタルが波打ってる。上がったり、急降下したり。
仕事か何かしていれば気は紛れるけど。とはいえ、だらだらと仕事するのは嫌い。
なんだか急にまた世界が開けた気がする。
結婚すると男は行動力も才覚も減るというが。その代わり、防御力が上がるんだろう。
結婚を意識していただけでも、大分自分の士気が下がっていたっぽい。欲も野心も減る。その代わり、日々の生活の余裕なんてものを考えたりする。どっちがいいんだかはわからないが。
自分の中にまた、無駄な行動力や野心が高まってきている感覚がする。
すっかり腰を落ち着けて、感覚も何もかも鈍ってた気もする。それが失敗の元だったんだろう。もうしない。
なんかでも、昔も一度似たようなことやったんだよな…。成長しろよ、自分。
手に入れたがらないくせに、失うのを怖がる。ずっとそうだ。
あと、自分大好きもちょっとは直せ。
部屋は心を映すって言うけど、ちょっと散らかってる。読みたい雑誌も溜まってる。
あ、髪切りに行きたい。色、どんくらいまでなら許されるんだろ。
あんまり誉められた過去じゃないけど…、なんだか、自分は自分の過去を編集しながら生きていってる気がする。
編集は得意だ。あった事実、それは捻じ曲げず、上手いこといい風に解釈して小奇麗に落ち着ける。そういうんは得意だ。
自分の過去に勝手に解釈と脚色を加え、キレイなものに仕立て上げて自分の足場にする。
考えてみりゃ、人類の歴史自体がそうじゃないかとも思う。上手でキレイな解釈が支持されて残るから、みんな歴史にあこがれるんだ。
いいことも悪いことも、勝手に「かっこ良く」解釈する。そうして生きてる。
下世話な文化やエロはいい。なんつっても、あったかい。
昔、あるエロ制作会社で働いてた時、そこにいたニューハーフの人が「エロはいいよ。あったかいから」なんて言っていた。
ある居酒屋で、そばにいてちょっと話したB系のねーちゃんが「HIPHOPがいいよ。あったかいから」なんて言っていた。
より人間の欲が直接的に出るんだ。エロや、派手な仕事は。それがいい。寂しがりな人や、世間から切り離されてるような気分の人は、エロや下世話な仕事をすればいい。
人間の本能に直結した行為は、あったかい。
mental's archives
過去の編集と脚色。
プライドの持ち様。
我ながらプライドが高い。
プライドの持ちようって奴はそれぞれで。
周りから見て「あいつプライド高いよなぁ」ってわかりやすい人間は、虚勢を張るし自分をよく見せようとするわけで。
それはそれで立派だとは思うが、肩がこりそうでちょっと苦手。いわゆる「認めて君」ってやつ。
モノ作る業界にはいっぱいいる。もう山のように。
たぶん本当にプライドを持ってる奴は、黙って実力を磨く。
人に見せずにこっそりがんばって、しれっとこなして当然という顔をするのが好き。
褒められるのは苦手だったりする。プライドが高いから、褒められて嬉しそうにする自分なんてのを絶対他人には見せないのだ。
それに、褒められたり「すごいねー」って言われたりすると、期待が高まって次のハードルが上がっちゃって大変になるだけだ。蛇口は自分で握りたい。
その場は流しておいて、人のいないところで反芻してニヤニヤするのが気持ちいいんだ。これが。
そして自分に自信を持ってるから、プラス思考で、人の態度一つ一つから自分を尊重するような部分を抜き出して、またニヤニヤする。
馬鹿にされたくなかったり、「すごい」と言われたいからその場を取り繕うプライドなんてのは、結果的に自分の首を絞めるだけだと思うが。
疲れるだろう。自分を本来の自分以上に見せようとすると、ただ肩がこるばっかりで。そのうち、褒められたり期待をかけられるのすら苦痛になってくるんじゃないだろうか。
そうして、ストレスと責任過多で自滅する。
本当のプライドは、自分を引き上げる。てか、その方が楽な気がする。
誰だって認められたいんだ。そのためにどうするか。
正直、その場その場を取り繕うより、陰でこっそり頑張っちゃう方が、結果的に高い効果が出せるしはるかに楽だと思うんだけどな。
生身で勝負するしかないんだから。よっぽど自然体でいられる。どうなんだろう。
制限の制御権。
ある日突然、あらゆる制限がとっぱらわれて自由になったって考えてみると。
…うーん、すんごい怖い。何やっていいいかさっぱりわからない。
時間の縛り。人間関係の縛り。金銭の縛り。倫理の縛り。物理の縛り。
それらがなくなったらなんて考えると、すんごい怖い。全知全能の神様は、あまりにも何していいかわかんなくって、とりあえず世界を作ってみたんじゃないかと。
何か決まりや、自分の思い通りにならないところで動くものがないと怖くなってきちゃいそう。
あんま大きな自由はいらない気がする。それより、適度に圧迫してくれる制限が欲しい。手持ちのもので、何をするのが一番心地いいかを考えるのが楽しいんで。
結局、どんな状態になりたいのかというと。
フリーダムは怖いし何していいんだかわからないから、ちょっといらない。たぶん欲しいのは、「制限の制御権」みたいなもんだ。自分にかける制限をどうするかを、自分でコントロールできるようにしたいんだと思う。
生きる意味がわかんないだとか何だいろいろ言う人はいますが。なんだろ、「制限の中で何かを為すことの楽しさ」を追求するのじゃダメなのかな。
制限がきつすぎると人は反発する。制限が無いところには、自ら「取り決め」「倫理」「関係」を作り出して制限を作るのが人間。奴隷にはなりたくないけど、ある程度の縛りの中で達成するのは喜びに感じるわけで。
戦争はダメだけど、スポーツはいい。ルールの中で戦うから、そこに喜びがあるんで。
自ら制限を作り出して、そしてそれを思いもつかないような利用の仕方をして進んでいくのが楽しいんですよ、きっと。
僕自身が、結構制限に燃える体質です。制限萌えです。
勝手に自分で作った制限にがんじがらめになったり、逆に制限をかけなさすぎて暴走したり。
そうした人を良く見るし、自分もそうです。
なかなか難しいですが、考えの次元を一段階しれっと上げて、上手におもしろおかしく生きることができればと。
そんな風に考えたりもします。フリーダムはつまらないです。
全然関係ないですが、「舞妓HaaaaaaN!」いいね!( ゚∀゚)
阿部サダヲが例の甲高い声で心地よく暴走! でもプロって奴は絶対フリーダムじゃないですよ。制限の調整が上手なんだと思います。
とにかく一つのことに執着するということの偉大さを学ばせてもらいました。
僕の場合は特に、執着心が薄すぎる。もっとしがみつけ。
アウトソーシング。
彼女と会った後は、ものすごくメンタルが上向いている…不思議だ。
人は一人じゃなんもできないってやつですね。本当。
一人だったら「まあこんなもんでいっか」だもんな。怒られるのが怖いくらいの相手といるのが、なんかすごくちょうどいい感じがする。
さてま、そんな職探し中の今日この頃。
条件うんぬんより、まず仕事内容。やる以上は一生賭すつもり。そういうのが見つからなければ、安定優先で。
贅沢言ってる場合じゃないけど、妥協はしない方向で。
うーん、おかげで難航(;^ω^)
えらい忙しくなっております。もこもことストレスもたまるし。
しばしの我慢で。
さてそれとは関係なく、ブログの方をいろいろアウトソーシングして小さな政府になることになりました。
レビューも日記も全部入れ込もうとするから、整理つかないブログになるんだ(`・ω・´)
と、いうわけで、餅は餅屋ということで。
「ブクログ」と「ラーメンデータベース」へのリンクを右にぺたりと。いちいち自分でリンク作ったり画像取ってくるより、はるかに楽で効率的で共有的。
下の方には「早起き生活」のグラフ。
土日、笑えるほど崩れました。自戒のために晒します(’A`)
「早起き生活」をあまり恥ずかしくさせないための自訓。「起きた瞬間と、寝る直前だけ意志を強く持て」。そこだけ強く意志を持って、生活リズムさえ整えられれば、それ以外のことは自ずとついて来る。結構本当。
あと、様子見ということで「twitter」と「wassr」はクロスポスト中。
ただ、wassrのチャンネルはおもしろい。エンタメ性高いし、そのうち一般にも浸透していきそう。
生活やメンタルや、調子が悪くなるとブログも更新しなくなっちゃう。
毎日更新ってするほど自分追い込むつもりもないけど、ある程度コンスタントに書いていたいと思う。
ジョギングみたいなもんだ。メンタルのトレーニング。
書くことは考えること。
脳ミソの中のことはちゃんと整理して外に出してあげないと、誤魔化しちゃってそうだからなぁ。
ブログ書くのめんどくさいって、それは思考停止だ。
と、いうわけで、いろんな形で書いてます。ちょっと見たらIEで表示おかしいね。直します。
痛い目みなきゃ、わからない。
久々にきたね~、不安の大波(’A`)
まあ仕方ない、変化に不安は付き物だ。こればっかりは慣れない。
不安を感じたときにどうするか。
よく言うのが、「日本人は不安になると貯金をする。欧米人は不安になると大学院に戻る」。
欧米かぶれのつもりは無いが、僕は圧倒的に後者だ。とは言っても、大学中退の身分で何言ってんだお前という話ですが。
勉強するか、多くの人と会うか。不安と戦うには、とにかくインプットを増やすこと。徹底的に忙しくして、やるべきことで時間を埋め尽くすこと。そうすりゃ不安になってるヒマなんてなくなる。カーネギー先生もそうおっしゃってた!( ・∀・)
自分の場合、そのことに気がつくのが遅すぎたんだ。
社会に入って、会社の中で働いて、初めて勉強の大切さに気がついた。学べば学ぶほど、どんどん安心と快適とが手に入ることに気がついた。
唯一幸いだったのが、仕事をしながら学べる状態に自分を置けたこと。学んだことがすぐに成果に現れるサイクルを作ることができたこと。仕事の腕が上がるにつれて、待遇も仕事のしやすさも上がることを実感できたこと。
学ぶことの大切さ。学生のうちに気がつけなかったのが残念。
いつもそうだ。体験するまで実感できない。
人にどんなに言われてもわからないんだ、自分で実感するまで。だから僕も人には何も言わない。
だけど、ちょっとずつ変わってきた。
実体験を伴う人の話は深く深く聞くべきだ。「百聞は一見に如かず」とは言うが、一見したときにはもう遅いということの方が世の中多いんじゃ無いだろうか。
百聞じゃ足りないなら、「一を聞いて十を知る」ようになるまで努力しなくちゃならない。そうすれば百聞が千聞になる。
「後悔先に立たず」ともよく言ったもので。そりゃそうだ。後で悔いるから後悔。
まあこの言葉の意味は、後悔なんて先に出来るもんじゃないからできることは全部やっておけという意味だと勝手に解釈しているが。
逆に、あの時とっととやめてなきゃ今の自分も無い。どっかの企業に入ってても、いまごろクヨクヨ「これで良かったんだろうか…」なんて考えてたっぽい。
それより、外に出て十分自分探しをさせてもらった。大学に残るよりも、はるかに有意義なモラトリアムを過ごした気がする。
失ったものより得たものの方がはるかに大きい…、と考えなきゃやってらんねぇちくしょう(`・ω・´)
さてまだ方向性がきっちり決まってないからこんなぐだぐだ考えちゃうんだ。やることがきっちり決まったら突き進めばいいんだが。
何でもいい、やりたいと思えて将来性が見込めれば飛び込もう。中に入れば自ずと新たに学ぶこともどんどん出てくるだろう。
ま、適度に不安に駆られて危機感持ってるくらいがだらだらしなくなって丁度いい。基本的に、「何とかなるか」姿勢なんだ。たまにはそんな時がないと困る。
そんな気がする。
















